仏頭(旧山田寺講堂本尊)ぶっとう
台座の中から、五百年ぶりに出てきた頭。
- 制作年
- 685年(天武天皇14年)
- 所在
- 興福寺(奈良県奈良市) 地図
- 指定
- 国宝
- 技法
- 銅造
- 寸法
- 総高 98.3cm
もとは飛鳥の山田寺の講堂本尊、薬師如来像の頭部。天武天皇7年(678年)に造り始め、14年(685年)に完成したことが記録から分かる、7世紀の基準作である。治承の兵火の7年後、文治3年(1187年)に興福寺の僧兵が山田寺から薬師三尊を奪って東金堂の本尊に据えた。応永18年(1411年)の火災で像は運び出せず、頭部だけが焼け残り、新しく造られた本尊の台座の内部に納められた。その存在は忘れられ、1937年10月30日に台座の中から再び見つかった。頭頂部と左の耳朶を欠き、後頭部は陥没しているが、弓形の上瞼と直線に近い下瞼の眼は、法隆寺金堂本尊のような止利派の杏仁形の眼とは違い、隋から初唐の様式の影響を示す。蝋型鋳造で、頭部の内側に鋳造時の型持と笄が残っている。
説明文の出どころ:興福寺の仏像(Wikipedia・CC BY-SA 4.0)
写真について
- ライセンス
- Public domain
- 撮影
- AnonymousUnknown author
- 出典
- ASUKAEN ed. ,TOYO-BIJYUTU 3rd vol., 1937,December