作品
尊格ごとに並べています。全358点。 尊格の記録が無いものは、最後にまとめてあります。
如来115点
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薬師如来坐像
双林寺(宮城県栗原市)
作者不詳
「杉薬師」。奈良時代創建と伝える寺の薬師。
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一光三尊阿弥陀如来像
伝・飛鳥時代
善光寺 本堂(長野県長野市)
作者不詳
住職ですら見ることができない。数え7年に一度開くのは、身代わりの前立本尊。
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薬師如来立像
平安時代
延暦寺 根本中堂(滋賀県大津市)
作者不詳
最澄が自ら彫ったと伝わる。決まった開帳は無く、1988年に開いたことがある。
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薬師如来立像
平安時代前期
広隆寺 薬師堂(京都府京都市)
作者不詳
薬師なのに吉祥天のような姿。年に1日、11月22日だけ開く。
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阿弥陀如来坐像・両脇侍像(旧金堂本尊)
888年(仁和4年)ごろ
仁和寺 霊宝館(京都府京都市)
作者不詳
仁和寺が建った年の本尊といわれる。
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弥勒仏坐像
892年(寛平4年)
慈尊院(和歌山県伊都郡九度山町)
作者不詳
空海の母が信仰した弥勒。扉が開くのは21年に一度。
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薬師如来坐像・両脇侍像(旧上醍醐薬師堂)
913年(延喜13年)
醍醐寺 霊宝館(京都府京都市)
作者不詳
醍醐天皇の発願で建った薬師堂の三尊。
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薬師如来坐像
10世紀中頃〜末(平安時代中期)
餘慶寺(岡山県瀬戸内市邑久町北島)
作者不詳
肩幅の広い、堂々とした像。県で屈指の優作という。
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薬師如来坐像・両脇侍坐像(大講堂)
990年(正暦元年)ごろ
法隆寺 大講堂(奈良県斑鳩町)
作者不詳
台座から光背の先まで4メートル。大講堂を建て直したときの本尊。
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薬師如来像
1071年(延久3年)
大蓮寺(京都府京都市)
覚助
覚助の作と推定される数少ない一体。もとは祇園社の本尊だった。
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薬師如来坐像
1103年(康和5年)
仁和寺(京都府京都市)
円勢
円勢の現存作は極めて少ない。そのうちの一体。
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阿弥陀如来坐像
1130年(大治5年)ごろ
法金剛院(京都府京都市)
作者不詳
定朝様の三阿弥陀の一つ。仏師院覚の作。
写真はありません
大日如来坐像
平安時代後期(12世紀)
金剛峯寺(和歌山県高野町)
康助
運慶の父・康慶の師にあたる康助の作。高野山に伝わる。
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大日如来坐像・不動明王坐像・降三世明王坐像(金堂)
1180年前後(大日)・1234年(明王)
天野山金剛寺 金堂(大阪府河内長野市)
作者不詳
巨大な大日と、快慶の弟子・行快の二明王。2017年度に国宝。
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阿弥陀如来及両脇侍像
1189年(文治5年)
浄楽寺(神奈川県横須賀市)
運慶
和田義盛夫妻の発願で運慶が造った阿弥陀三尊。東国の武士と運慶を結ぶ、銘札で年の分かる像。
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五智如来坐像(5躯)
12世紀末期(平安時代後期)
遍明院(岡山県瀬戸内市牛窓町千手)
作者不詳
五智如来を5躯揃えて立体で表した、数少ない遺例。
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大日如来坐像
1193年(建久4年)
半蔵門ミュージアム(東京都千代田区)
運慶
2008年にオークションで真如苑が入手した運慶の大日。樺崎寺の厨子に建久4年の銘があった像にあたる。
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阿弥陀如来立像
1194年(建久5年)ごろ
遣迎院(京都府京都市)
快慶
足枘の墨書で建久5年ごろと分かる、三尺の阿弥陀立像。快慶の「安阿弥様」の早い例。
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大日如来坐像
1194年(建久5年)ごろ
石山寺(滋賀県大津市)
快慶
像内の墨書で建久5年ごろと分かる大日如来。
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阿弥陀如来及両脇侍像
1196年(建久7年)
保寧寺(埼玉県加須市)
作者不詳
運慶の兄弟弟子・宗慶が1196年に造った、と1983年に分かった。
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大日如来坐像
1199年(建久10年)以前
光得寺(栃木県足利市)
運慶
足利の樺崎寺に伝わったと推定される小像。X線で運慶作品に共通する納入品が確かめられた。東博に寄託。
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阿弥陀如来立像
鎌倉時代初期(13世紀初)
安養寺(奈良県田原本町)
快慶
足枘の墨書で快慶の作と分かる阿弥陀。
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阿弥陀如来立像
鎌倉時代初期(13世紀初)
大行寺(京都府京都市)
快慶
佛光寺の塔頭に伝わる、足枘の墨書で快慶と分かる阿弥陀。
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阿弥陀如来立像
鎌倉時代初期(13世紀初)
圓常寺(滋賀県彦根市)
快慶
足枘の刻銘で快慶と分かる阿弥陀。
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阿弥陀如来立像
鎌倉時代初期(13世紀初)
八葉蓮華寺(大阪府交野市)
快慶
足枘と像内の墨書で快慶の作と分かる阿弥陀。
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阿弥陀如来立像
鎌倉時代初期(13世紀初)
遍照光院(和歌山県高野町)
快慶
高野山の子院に伝わる、足枘の墨書で快慶の作と分かる阿弥陀。
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阿弥陀如来坐像
鎌倉時代初期(13世紀初)
松尾寺(京都府舞鶴市)
快慶
頭部内面の墨書で快慶の作と分かる坐像。西国三十三所の札所に伝わる。
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阿弥陀如来立像
鎌倉時代初期(13世紀初)
西方院(奈良県奈良市)
快慶
唐招提寺の子院に伝わる、足枘の墨書で快慶と分かる阿弥陀。
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阿弥陀如来立像
鎌倉時代初期(13世紀初)
西方寺(奈良県山添村)
快慶
足枘の墨書で快慶の作と分かる三尺の阿弥陀。
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五劫思惟阿弥陀如来坐像
鎌倉時代
東大寺 勧進所阿弥陀堂(奈良県奈良市)
作者不詳
髪が伸びきった姿。長く考え続けた時間を、形にしている。
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宝冠阿弥陀如来坐像
1201年(建仁元年)
耕三寺(広島県尾道市)
快慶
宝冠をいただく珍しい阿弥陀。伊豆山の常行堂に伝わったものが、昭和に耕三寺へ。
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阿弥陀如来立像(裸形像)
1201年(建仁元年)ごろ
浄土寺(兵庫県小野市)
快慶
衣を着せて用いる裸形の阿弥陀。浄土寺縁起で建仁元年ごろと分かる。小野市立好古館に寄託。
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如来坐像
1202年(建仁2年)
新大仏寺(三重県伊賀市)
快慶
重源が建てた伊賀別所の丈六仏。頭部だけが快慶の当初のもの。
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阿弥陀如来立像
1203年(建仁3年)ごろ
東大寺 俊乗堂(奈良県奈良市)
快慶
足枘に梵字「アン」の刻銘。重源の俊乗堂に、俊乗上人像と並ぶ。
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阿弥陀如来立像
1211年(建暦元年)
東寿院(岡山県瀬戸内市牛窓町千手)
快慶
快慶の基準作。像の中から、開眼の経緯を記す文書が出た。
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釈迦如来坐像
鎌倉時代
大報恩寺 本堂(京都府京都市)
行快
快慶の弟子・行快の作。洛中最古の本堂の、いちばん奥にいる秘仏。
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阿弥陀如来立像
1221年(承久3年)
光林寺(奈良県川西町)
快慶
足枘の墨書で承久3年と分かる、快慶の最も遅い年の確かな作の一つ。
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阿弥陀三尊像
1221年(承久3年)ごろ
光台院(和歌山県高野町)
快慶
高野山の子院に伝わる三尊。中尊の足枘の刻銘と脇侍の墨書で快慶と分かる。
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阿弥陀三尊像(金堂西の間)
1232年(貞永元年)
法隆寺 金堂(奈良県斑鳩町)
康勝
盗まれた飛鳥の像に代えて、鎌倉の康勝が飛鳥様式で造った銅像。勢至はパリのギメ美術館に。
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福真磨崖仏
鎌倉時代
福真磨崖仏(大分県豊後高田市)
作者不詳
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大迫磨崖大日如来坐像
鎌倉時代後期
大迫磨崖大日如来坐像(大分県豊後大野市)
作者不詳
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釈迦如来立像(清凉寺式)
1258年(正嘉2年)
唐招提寺 礼堂(奈良県奈良市)
作者不詳
清凉寺の釈迦を写した形。像の中の文書で、作られた年が分かる。
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天照皇御祖神社の磨崖仏(阿弥陀三尊)
鎌倉時代末期
天照皇御祖神社(秋田県鹿角市八幡平)
作者不詳
中世の磨崖仏では北限とされる。
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東麓石窟仏(薬師三尊・十二神将)
鎌倉時代後期
東麓石窟仏(宮崎県小林市野尻町東麓)
作者不詳
岩窟の中に、薬師三尊と十二神将が揃って彫られている。
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白山道奥磨崖仏
鎌倉時代
白山道の谷奥(神奈川県横浜市金沢区釜利谷南)
作者不詳
顔だけで4メートルあるというが、顔の位置すら分からないほど風化した。
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釈迦如来坐像
1358年(延文3年)
妙圀寺(岡山県備前市浦伊部)
作者不詳
宋風の濃い像。運慶の末流・康俊の作といわれる。
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木津の磨崖仏
室町時代
木津の磨崖仏(兵庫県神戸市西区押部谷町木津)
作者不詳
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薬師如来坐像
室町時代
勇山寺(岡山県真庭市鹿田)
作者不詳
体の全面を榧の一木から彫り、後頭部だけ杉を継ぐ。
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坂下の磨崖仏
享保年間(江戸時代)
西方寺(岐阜県中津川市坂下)
作者不詳
妻の病が治るように、と願った人が勧進して彫らせた。
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釈迦如来像
1778年(安永7年)より前
海傳寺(青森県上北郡六戸町)
木喰
木喰の最初期の像。2014年に木喰仏と分かった。
菩薩106点
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十一面観音立像(3躯)
長谷寺(新潟県佐渡市)
作者不詳
奈良の長谷寺を模した佐渡の寺。世阿弥ゆかりの地でもある。
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十一面観音立像(小観音)
東大寺 二月堂(奈良県奈良市)
作者不詳
納められた厨子には、そもそも扉がない。
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十一面観音立像(大観音)
東大寺 二月堂(奈良県奈良市)
作者不詳
修二会を務める練行衆さえ、見ることを許されない。
写真はありません
千手観音立像(本堂本尊)
清水寺 本堂(京都府京都市)
作者不詳
33年に一度。写真も公表されていない。
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千手観世音菩薩像
那谷寺(石川県小松市)
作者不詳
33年に一度しか開かない秘仏。次は2050年。
写真はありません
救世観音立像
7世紀
法隆寺 夢殿(奈良県斑鳩町)
作者不詳
長く布に巻かれていた秘仏。写真は世に出ていない。
写真はありません
聖観音像
伝・628年(推古天皇36年)
浅草寺 本堂(東京都台東区)
作者不詳
誰も見たことがない。大きさも姿も、伝えられているだけで確かめられていない。
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銅造観世音菩薩立像(2躯)
692年(壬辰年)
鰐淵寺(島根県出雲市)
作者不詳
台座に692年の銘。出雲の人が造らせたと記す、白鳳仏の基準作。
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千手観音立像
9世紀前半(平安時代初期)
大賀島寺(岡山県瀬戸内市邑久町豊原)
作者不詳
秘仏として伝えられてきた、9世紀前半の千手観音。
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五大菩薩坐像(講堂)
839年(承和6年)
東寺 講堂(京都府京都市)
作者不詳
立体曼荼羅の東側に坐る五体。奈良時代の作風が濃い。
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観音菩薩立像
9世紀(平安時代前期)
明王寺(岡山県岡山市東区竹原)
作者不詳
9世紀の一木彫。台座の一部まで本体と同じ木から彫り出していた。
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千手観音立像
平安時代初期(9世紀)
広隆寺 霊宝殿(京都府京都市)
作者不詳
講堂の西北隅に立っていた、9世紀の千手観音。
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十一面観音菩薩立像
10世紀初期(平安時代前期)
羽賀寺(福井県小浜市)
作者不詳
造立当初の彩色が、ほぼ完全に残っている。
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十一面観音立像
天暦5年(951年)ごろ
六波羅蜜寺(京都府京都市)
作者不詳
12年に一度、辰年にしか開かない。次に見られるのは2036年。
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地蔵菩薩立像
平安時代
高山寺(岡山県井原市高屋町)
作者不詳
1954年の修理で、宝永の大地震と富士山の噴火の記録が見つかった。
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聖観音立像
平安時代(薬師如来像よりやや遅れる)
餘慶寺(岡山県瀬戸内市邑久町北島)
作者不詳
同じ寺の薬師と比べると、やわらいだ姿。
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笠置山虚空蔵磨崖仏
平安時代中期
笠置山虚空蔵磨崖仏(京都府笠置町)
作者不詳
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虚空蔵菩薩立像
平安時代
醍醐寺 霊宝館(京都府京都市)
作者不詳
長く聖観音と思われていた像。名と伝来が分かって国宝になった。
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大谷磨崖仏
平安~鎌倉時代
大谷磨崖仏(栃木県宇都宮市)
作者不詳
凝灰岩で形をとり、細部を塑土で作る。岩と土の両方でできた珍しいつくり。
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十一面観音立像
平安時代後期
安養寺(岡山県美作市林野)
作者不詳
寺伝は恵心作。33年に一度開帳されるという。
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十一面観音立像
平安時代後期
浄土寺 本堂(広島県尾道市)
作者不詳
「身代わり観音」と呼ばれる秘仏。本堂の本尊。
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聖観音立像
平安時代後期
法界院(岡山県岡山市北区)
作者不詳
白い顔料の痕が残る。もとは彩色の像だった。
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如意輪観音坐像
平安時代後期
石山寺 本堂(滋賀県大津市)
作者不詳
扉を開けるのは勅使。33年に一度と、天皇が即位した翌年だけ。
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聖観音坐像
平安時代末期
丈六寺 観音堂(徳島県徳島市)
作者不詳
丈六の観音。寺の名はこの像から来ている。
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千手観音立像
平安時代末期
観音寺 観音堂(長崎県長崎市脇岬町)
作者不詳
「みさきの観音」。長崎県で唯一の、国指定重文の木彫仏。
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地蔵菩薩坐像
1177年(治承元年)
瑞林寺(静岡県富士市)
康慶
康慶の名が銘に残る、年の確かな作。
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弥勒菩薩坐像
1192年(建久3年)
醍醐寺 三宝院(京都府京都市)
快慶
像内の朱書で建久3年と分かる、快慶の早い時期の基準作。
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地蔵菩薩立像
鎌倉時代初期(13世紀初)
藤田美術館(大阪府大阪市)
快慶
興福寺に伝来した地蔵。足枘の墨書で快慶と分かる。
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金剛薩埵坐像
鎌倉時代初期(13世紀初)
随心院(京都府京都市)
快慶
像内の朱書で快慶と分かる密教の菩薩。
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聖観音菩薩立像(梵天・帝釈天像) 共作
1201年(正治3年)
滝山寺 宝物殿(愛知県岡崎市)
運慶 ・ 湛慶
頼朝の三回忌に、運慶・湛慶父子が作ったと縁起にいう。
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騎獅文殊菩薩像・脇侍像(文殊五尊像)
1203年(建仁3年)
安倍文殊院(奈良県桜井市)
快慶
快慶の「知恵の文殊」。東大寺の総供養と同じ年に急いで造られた。
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六観音菩薩像・地蔵菩薩立像
1224年(貞応3年)
大報恩寺 霊宝殿(京都府京都市)
作者不詳
六道の衆生を救う六体が一具そろって残る。肥後定慶の作。
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裸形地蔵菩薩立像
1228年(安貞2年)ごろ
伝香寺(奈良県奈良市)
善慶
裸のまま彫り、衣を着せる。
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千手観音坐像(奥の院本尊)
鎌倉時代
清水寺 奥の院(京都府京都市)
作者不詳
243年ぶりに開いた。作風は快慶に近いが、快慶とは決められていない。
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千手観音坐像・両脇侍像(3躯)
13世紀後半(鎌倉時代中期)
三尾寺(岡山県新見市豊永赤馬)
作者不詳
千手観音を中に、左に不動、右に毘沙門天。県の鎌倉仏で特に優美という。
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百体磨崖仏(閑居山)
鎌倉時代
閑居山(茨城県かすみがうら市)
作者不詳
百体観音とも呼ばれる。山の中腹にある。
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長湯線彫磨崖仏
室町時代
長湯線彫磨崖仏(大分県竹田市)
作者不詳
大分の磨崖仏はほとんどが丸彫りか半肉彫り。線彫りは珍しい。
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棲雲寺地蔵菩薩磨崖仏
室町時代
棲雲寺(山梨県甲州市大和町木賊)
作者不詳
標高1000メートルの渓谷の上。裏山の岩場に彫られている。
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棲雲寺文殊菩薩磨崖仏
室町時代
棲雲寺(山梨県甲州市大和町木賊)
作者不詳
地蔵菩薩磨崖仏と対になっている。
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十一面観音立像
室町時代
長福寺(岡山県美作市真神)
作者不詳
国指定の十一面観音で3番目に大きい。1925年の火災で大破し、破片を接いだ。
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聖観音像(円空仏)
1666年(寛文6年)
有珠善光寺(北海道伊達市)
円空
円空が蝦夷地へ渡った年に、有珠の善光寺へ納めた像。
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岩部山三十三観音
天保年間(1830〜44年)
岩部山三十三観音(山形県南陽市川樋)
作者不詳
凶作で荒れた人心を救おうと、和尚が33体を彫った。
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浮彫観音菩薩像
1893年(明治26年)
所在は分かっていない
石川光明
シカゴ万博で優等賞。丸彫りではなく、板から浮かせて彫っている。
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平和観音(大谷)
1948〜1954年(昭和23〜29年)
平和観音(栃木県宇都宮市大谷町)
作者不詳
戦死者を悼んで、採石場跡の岩壁に6年かけて手彫りした。
明王26点
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不動明王立像(水引不動)
長寿寺 本堂(熊本県熊本市南区富合町木原)
作者不詳
普段は厨子の中。毎月28日の縁日にだけ開く。
写真はありません
不動明王坐像(御影堂)
平安時代(9世紀後半)
東寺 御影堂(京都府京都市)
作者不詳
空海の念持仏と伝わる。扉は開かれない。
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不動明王・二童子像(3躯)
10世紀(平安時代中期)
勇山寺(岡山県真庭市鹿田)
作者不詳
寺伝は空海作。様式からは10世紀。顔は室町ごろに彫り直されている。
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鍋山磨崖仏
平安時代
鍋山磨崖仏(大分県豊後高田市)
作者不詳
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不動明王坐像
1155年(久寿2年)
北向山不動院(京都府京都市)
康助
右脚を踏み下げる不動は、平安・鎌倉の彫像にほかに例がない。
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五大明王像
1167年(仁安2年)
大覚寺 霊宝館(京都府京都市)
明円
運慶たちが写実へ向かう直前。円派の優美な作りが残っている。
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不動明王坐像
平安時代末期(12世紀後半)
与田寺(香川県東かがわ市)
康慶
右肩の剥ぎ面に「僧康慶」の墨書がある不動。
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不動明王立像・毘沙門天立像
1189年(文治5年)
浄楽寺(神奈川県横須賀市)
運慶
像内の月輪形の銘札に、和田義盛の発願と運慶の名。上げ底式の内刳りを初めて使った像。
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不動明王坐像
鎌倉時代初期(13世紀初)
正寿院(京都府宇治田原町)
快慶
宇治田原の正寿院に伝わる、快慶の不動。
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孔雀明王坐像
1200年(正治2年)
金剛峯寺(和歌山県高野町)
快慶
孔雀に乗る明王。像内の朱書と『高野春秋』で正治2年と分かる。
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不動明王坐像
1203年(建仁3年)
醍醐寺 三宝院(京都府京都市)
快慶
像内の墨書で建仁3年と分かる不動。同じ三宝院の弥勒とともに快慶の基準作。
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大威徳明王像
1216年(建保4年)
称名寺 光明院(神奈川県横浜市)
運慶
像内の納入文書で建保4年と運慶の名が分かった、東寺講堂の像の模刻。水牛の座は失われている。
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愛染明王坐像
1247年(宝治2年)
西大寺 愛染堂(奈良県奈良市)
善慶
小像だが、当初の彩色と截金がよく残る。毎年秋に開く。
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不動明王坐像
1442年(嘉吉2年)
高山寺(岡山県井原市高屋町)
作者不詳
丸のみの痕が各所に残る。墨書で1442年と分かった。
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川中不動
室町時代
川中不動(大分県豊後高田市)
作者不詳
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栗当の不動明王磨崖像
1844年(天保15年)
栗当の不動明王磨崖像(富山県南砺市栗当)
作者不詳
川が渦巻く難所の守りに、道沿いの岩へ刻まれた不動。
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大聖不動明王
昭和時代
所在は分かっていない
澤田政廣
木彫で仏教の主題を彫り続けた、その代表作の一つ。
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五大明王像(五大堂本尊)
1975年
大覚寺 五大堂(京都府京都市)
松久朋琳
1975年の作。平安の五大明王が霊宝館へ移ったあと、その場所に据えられた。
天部46点
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毘沙門天立像(本尊)
朝護孫子寺(奈良県生駒郡平群町)
作者不詳
奥の秘仏は、12年に一度の寅年にだけ開く。
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四天王立像(講堂)
839年(承和6年)
東寺 講堂(京都府京都市)
作者不詳
怒りをあらわにした持国天と、抑えた三体。
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毘沙門天立像
平安時代
安養寺(岡山県倉敷市)
作者不詳
毘沙門天の寺。楼門の上にも、堂の中にも毘沙門天がいる。
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毘沙門天立像(本殿金堂)
平安時代
鞍馬寺 本殿金堂(京都府京都市)
作者不詳
60年に一度、丙寅の年だけ開く。前には「お前立ち」が常に立っている。
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四天王立像
平安時代後期
浄瑠璃寺 本堂(京都府木津川市)
作者不詳
当初の彩色と截金がよく残る四天王。二体は博物館に。
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吉祥天立像
12世紀(平安時代後期)
安養寺(岡山県倉敷市浅原)
作者不詳
毘沙門天の妃。同じ寺の毘沙門天と並ぶ。
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四天王立像(南円堂)
1189年(文治5年)
興福寺 南円堂(奈良県奈良市)
康慶
康慶工房の四天王。2017年、南円堂に戻った。
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毘沙門天立像・不動明王立像
鎌倉時代前期
日応寺(岡山県岡山市北区)
作者不詳
奈良・子島寺から来たと伝える2躯。拝観は書面で申し込む。
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深沙大将立像・執金剛神立像
鎌倉時代(12世紀末〜13世紀初)
金剛峯寺(和歌山県高野町)
快慶
重源が高野山の新別所に置いた一対。上半身裸で片脚を高く挙げる執金剛神と、腹に童子の顔をもつ深沙大将。
写真はありません
四天王立像のうち広目天
鎌倉時代初期(13世紀初)
金剛峯寺(和歌山県高野町)
快慶
重源が高野山の新別所に置いた四天王のうち、足枘の墨書と納入文書で快慶と分かる広目天。
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執金剛神立像・深沙大将立像
鎌倉時代初期(13世紀初)
金剛院(京都府舞鶴市)
快慶
東大寺法華堂の執金剛神を忠実に模した像と、対の深沙大将。足枘の墨書で快慶と分かる。
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十二神将立像(伝浄瑠璃寺旧蔵)
1212年(建暦2年)ごろか
東京国立博物館(東京都台東区)
作者不詳
浄瑠璃寺に伝わったとされる十二神将。東博に5躯、静嘉堂文庫美術館に7躯が分かれて伝わる。
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四天王立像
1217年(建保5年)
円成寺(奈良県奈良市)
康勝
運慶の大日如来を本尊とする円成寺に、息子の康勝が造った四天王。
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毘沙門天立像(両脇侍像)
1225年(嘉禄元年)ごろ
雪蹊寺 霊宝殿(高知県高知市)
湛慶
足枘の銘で湛慶の真作と分かった。都から遠い土佐に伝わった経緯は分からない。
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伎芸天立像
1893年(明治26年)
東京藝術大学大学美術館(東京都台東区)
竹内久一
シカゴ万博に出したが、木彫は「工芸品」として扱われ、正当に評価されなかった。
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転生
大正時代
東京藝術大学(東京都台東区)
平櫛田中
鬼が人を吐き出している。生まれ変わりという主題を、鬼の形で彫った。
神像10点
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僧形八幡神坐像・女神坐像(鎮守八幡宮)
平安時代前期(9世紀)
東寺 鎮守八幡宮(京都府京都市)
作者不詳
日本でいちばん古い神像の一つ。僧の姿をした八幡神。
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熊野速玉大神・夫須美大神・家津御子大神・国常立命坐像
平安時代(9世紀)
熊野速玉大社(和歌山県新宮市)
作者不詳
熊野三山の神々を彫った四体。2005年に国宝になった。
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随身立像(2躯)
1162年(応保2年)
高野神社(岡山県津山市二宮)
作者不詳
胸の裏に1162年の墨書。弓を引きしぼる阿形と、弓構えの吽形。
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善妙神立像・白光神立像
1225年(嘉禄元年)ごろ
高山寺(京都府京都市)
湛慶
明恵ゆかりの二柱の女神。銘は無いが湛慶の作と推定される。
羅漢4点
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十六羅漢像
天徳寺(秋田県秋田市)
作者不詳
毎年8月17日・18日、虫干しを兼ねて寺宝が公開される。
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十大弟子立像 目犍連・優婆離
鎌倉時代初期(13世紀初)
大報恩寺 霊宝殿(京都府京都市)
快慶
大報恩寺の十大弟子のうち、墨書で快慶の作と分かる二体。
祖師像18点
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重源上人坐像
阿弥陀寺(山口県防府市)
作者不詳
東大寺を再建した重源が、木を伐り出した周防に建てた寺の像。
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行信僧都坐像
8世紀後半
法隆寺 夢殿(奈良県斑鳩町)
作者不詳
夢殿を建てた僧。尖った頭に吊り上がった目、大きな鼻翼。
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智証大師坐像(御骨大師)
9世紀末
園城寺 唐院大師堂(滋賀県大津市)
作者不詳
円珍の遺骨を納めた像。写真の掲載は寺が制限している。
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智証大師坐像(中尊大師)
10世紀後半
園城寺 唐院大師堂(滋賀県大津市)
作者不詳
卵形の頭に細い目。円珍の命日にだけ扉が開く。
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弘法大師坐像(御影堂)
1233年(天福元年)
東寺 御影堂(京都府京都市)
康勝
運慶の四男・康勝が彫った空海。のちの大師像の手本になった。
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空也上人立像
鎌倉時代
浄土寺 本堂(愛媛県松山市)
作者不詳
空也が滞在した寺に、空也の像がある。
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板彫弘法大師像
1302年(正安4年)
神護寺 大師堂(京都府京都市)
作者不詳
板に彫った肖像。丸彫りではない。11月の前半だけ開く。
尊格の記録が無いもの33点
出どころにあたる資料に記載が無いものです。調べていないのではなく、分かっていません。
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岩戸山十三仏
岩戸山十三仏(滋賀県近江八幡市安土町内野)
作者不詳
聖徳太子が自分の爪で刻んだ、と伝える山頂の巨岩。
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岩屋寺石仏
平安時代後期
岩屋寺石仏(大分県大分市)
作者不詳
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曲石仏
平安時代末期
曲石仏(大分県大分市)
作者不詳
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日石寺磨崖仏
平安時代
日石寺磨崖仏(富山県上市町)
作者不詳
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達谷窟の岩面大佛
平安時代
達谷窟の岩面大佛(岩手県平泉町)
作者不詳
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仔犬
1225年(嘉禄元年)
高山寺(京都府京都市)
湛慶
何気ない一瞬の仕草をとらえた仔犬の像。明恵の「あらゆる動物に仏性」の信仰と結びつく。
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百体磨崖仏
鎌倉時代
百体磨崖仏(茨城県かすみがうら市)
作者不詳
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石山観音石仏
鎌倉時代
石山観音石仏(三重県津市芸濃楠原)
作者不詳
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口戸磨崖仏
鎌倉時代末期~室町時代
口戸磨崖仏(大分県大分市)
作者不詳
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富川磨崖仏
鎌倉時代
富川磨崖仏(滋賀県大津市)
作者不詳
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当尾の石仏
平安時代~室町時代
当尾の石仏(京都府木津川市)
作者不詳
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大門坊磨崖仏
室町時代
大門坊磨崖仏(大分県豊後高田市)
作者不詳
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堂ノ迫磨崖仏
室町時代
堂ノ迫磨崖仏(大分県豊後高田市)
作者不詳
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元宮磨崖仏
室町時代
元宮磨崖仏(大分県豊後高田市)
作者不詳
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中之坊磨崖仏
室町時代
中之坊磨崖仏(大分県豊後高田市)
作者不詳
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楢本磨崖仏
室町時代
楢本磨崖仏(大分県宇佐市)
作者不詳
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下市磨崖仏
室町時代
下市磨崖仏(大分県宇佐市)
作者不詳
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城山薬師堂四面石仏
室町時代
城山薬師堂四面石仏(大分県豊後高田市)
作者不詳
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梅ノ木磨崖仏
室町時代
梅ノ木磨崖仏(大分県豊後高田市)
作者不詳
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大岩弘法院磨崖仏
江戸時代以降
大岩弘法院磨崖仏(福岡県香春町)
作者不詳
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鮭立磨崖仏
江戸時代(天明期頃)
鮭立磨崖仏(福島県金山町山入鮭立居平)
作者不詳
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聖徳太子童形御像
1913年(大正2年)
現存しない(1923年の関東大震災で焼失)
石川光明
病床で彫った最後の作。10年後、関東大震災で焼けた。