弥勒磨崖仏みろくまがいぶつ
像は失われ、いまは光背の窪みだけが残る。
- 制作年
- 造立年は不明(奈良時代末期・平安時代前期・平安時代後期の諸説)
- 所在
- 笠置寺(京都府笠置町) 地図
- 技法
- 石造(花崗岩・磨崖)
- 寸法
- 岩は高さ約15m×幅約15m
笠置寺の本尊。高さ約15メートル、幅約15メートルの岩に刻まれたが、現状では光背の窪みが確認できる程度で、像の姿は全く失われている。1331年(元弘元年)、後醍醐天皇が笠置山に立て籠もって元弘の乱が起こり、兵火で境内の線刻仏のほとんどが失われた。往時の像容は『覚禅鈔』所収の図像や、大和文華館が所蔵する『笠置曼荼羅図』からしのぶほかない。制作年代も、比較する作例に乏しいことから定かでなく、奈良時代末期・平安時代前期・平安時代後期などの説がある。作者は分かっていない。
説明文の出どころ:笠置寺(Wikipedia・CC BY-SA 4.0)