ほとけを彫るα版 English
薬師如来坐像(金堂)

薬師如来坐像(金堂)やくしにょらいざぞう

作者不詳

光背は607年と言う。像はそれより後だと考えられている。

制作年
7世紀後半(光背銘は607年)
所在
法隆寺 金堂(奈良県斑鳩町) 地図
指定
国宝
技法
銅造・鍍金
寸法
像高 63.8cm

金堂「東の間」の本尊。光背の裏に、用明天皇の病気平癒のために推古天皇と聖徳太子が丁卯年(607年)に造ったという銘があり、これを信じれば中の間の釈迦三尊より古い、法隆寺創建の根本に関わる像になる。しかし作風と技法から、実際の制作は7世紀後半に下ると見られている。宣字形の台座に坐し、宝珠形の光背を負う。銅造鍍金で像高63.8cm、施無畏与願印を結ぶ。釈迦像と似ているが、裳懸座の左右の反りは控えめで顔は丸く、像内には釈迦像にある鋳掛けの跡が無いなど、技法の進歩が見られる。光背の唐草が区画を越えて伸び、化仏7体がその茎の上に乗るのも、釈迦三尊の光背には無い新しい要素である。かつて左右に置かれていた菩薩像(伝日光・月光)は本来の一具ではなく、いまは大宝蔵院にある。

説明文の出どころ:法隆寺の仏像(Wikipedia・CC BY-SA 4.0

写真について

ライセンス
Public domain
撮影
東京美術学校
出典
Horyuji Taikyo ( 法隆寺大鏡) 48 (1926)

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