木原三之助きはらさんのすけ
生没年不詳
明治期の石工。鹿児島県南九州市川辺町の清水磨崖仏で、明治28年(1895年)に吉田順道の注文を受け、宝篋印塔・十一面観音像・阿弥陀如来像を彫った。清水磨崖仏の中では最も新しい一群にあたる。
注文主と、彫った人
写真の出どころ(Wikimedia Commons)の説明文は、この阿弥陀如来像を僧が彫ったと記している。日本語の記録では、僧は注文主で、鑿を持ったのは地元の石工だった。作り手の名は、こうして入れ替わりやすい。
生没年不詳
明治期の石工。鹿児島県南九州市川辺町の清水磨崖仏で、明治28年(1895年)に吉田順道の注文を受け、宝篋印塔・十一面観音像・阿弥陀如来像を彫った。清水磨崖仏の中では最も新しい一群にあたる。
写真の出どころ(Wikimedia Commons)の説明文は、この阿弥陀如来像を僧が彫ったと記している。日本語の記録では、僧は注文主で、鑿を持ったのは地元の石工だった。作り手の名は、こうして入れ替わりやすい。