ほとけを彫るα版 English
写真を探しています所在も時代も分かっていますが、自由に使える写真がまだ見つかっていません。写真を提供する →

毘沙門天立像(両脇侍像)びしゃもんてんりゅうぞう

湛慶

足枘の銘で湛慶の真作と分かった。都から遠い土佐に伝わった経緯は分からない。

制作年
1225年(嘉禄元年)ごろ
所在
雪蹊寺 霊宝殿(高知県高知市) 地図
指定
重要文化財
技法
木造

高知・雪蹊寺に伝わる毘沙門天と両脇侍の像。毘沙門天像の足枘(あしほぞ)の銘から湛慶の真作と判明し、寺の前身である高福寺が創建された1225年(嘉禄元年)ごろの作と推定されている。湛慶の作った像が都から遠く離れた土佐に伝わった経緯は分かっていない。寺伝では鎌倉時代に運慶と長男の湛慶がこの寺を訪れ、寺号を「慶運寺」と改めたという。寺は明治の廃仏毀釈で一度廃寺となり、1879年(明治12年)に再興された。本尊の薬師如来を含む重要文化財の像16躰は、本堂の背後の霊宝殿に納められている。

説明文の出どころ:雪蹊寺(Wikipedia・CC BY-SA 4.0

この像の写真を探しています

自由に使える写真がまだありません。ご自身が撮られた写真で、 撮影が許されている場所で撮ったものをお持ちでしたら、お送りいただけると助かります。 条件は写真を探していますに書いてあります。

写真を送る