ほとけを彫るα版 English
五智如来坐像

五智如来坐像ごちにょらいざぞう

木喰

廃寺になっても、五智如来は地元の人が守った。

制作年
1791〜1797年(寛政3〜9年)ごろ
所在
日向国分寺 木喰五智館(宮崎県西都市) 地図
指定
宮崎県指定有形文化財
技法
木造

日向国分寺の本尊だった五体の如来。1788年(天明8年)、全国を行脚していた木喰が衰えていた国分寺を訪れ、地元の人に乞われて住職になった。1791年(寛政3年)の火災で堂宇が焼けると、木喰は再建に力を尽くし、伽藍を建て、この五智如来像を彫った。1797年(寛政9年)に寺を出ている。明治4年(1871年)の廃仏毀釈で国分寺そのものは廃寺となり取り壊されたが、五智如来像は地元の信仰者の手で守られた。いまは像を納めるために建てられた木喰五智館にある。

説明文の出どころ:日向国分寺(Wikipedia・CC BY-SA 4.0

写真について

ライセンス
CC0
撮影
Saigen Jiro(2016年)
出典
Wikimedia Commons(パブリックドメイン宣言)

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木喰五智館。国分寺跡に、像を納めるために建てられた
木喰五智館。国分寺跡に、像を納めるために建てられた撮影:Saigen Jiro(2016年)