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深沙大将立像・執金剛神立像じんじゃたいしょうりゅうぞう・しゅこんごうじんりゅうぞう
重源が高野山の新別所に置いた一対。上半身裸で片脚を高く挙げる執金剛神と、腹に童子の顔をもつ深沙大将。
- 制作年
- 鎌倉時代(12世紀末〜13世紀初)
- 指定
- 重要文化財
- 技法
- 木造
高野山金剛峯寺に伝わる、快慶作と考えられる一対の像。重源の『南無阿弥陀仏作善集』に、高野山新別所に四天王像とともに執金剛神像と深沙大将像があったと記録されており、この二体がそれに当たると推定される。執金剛神は像内の墨書から快慶の作とされ、東大寺法華堂の像を模した舞鶴・金剛院の像とは異なり、上半身裸形で右脚を高く挙げる図像をとる。2011年に展示中の執金剛神像が転倒して一部が破損し、その開口部からの調査で胎内に『宝篋印陀羅尼』が納められていることが分かった。2012年に二体そろって重要文化財に指定された。
説明文の出どころ:快慶(Wikipedia・CC BY-SA 4.0)