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騎獅文殊菩薩像・脇侍像(文殊五尊像)きしもんじゅぼさつぞう
快慶の「知恵の文殊」。東大寺の総供養と同じ年に急いで造られた。
- 制作年
- 1203年(建仁3年)
- 所在
- 安倍文殊院(奈良県桜井市) 地図
- 指定
- 国宝
- 技法
- 木造
- 寸法
- 総高 約7m(獅子と光背を含む)
鎌倉時代を代表する仏師・快慶の作で、「知恵の文殊」として親しまれる。獅子の上の蓮華座に左脚を踏み下げて坐す総高約7メートルの文殊菩薩に、4体の脇侍が従う文殊五尊像。脇侍は通常、善財童子・優填王・最勝老人・仏陀波利三蔵と呼ばれるが、文殊院では最勝老人にあたる像を維摩居士、仏陀波利三蔵にあたる像を須菩提と称し、最勝老人像は慶長12年(1607年)に南都大仏師宗印が補作したもの。文殊像の頭部内面の銘記に建仁3年(1203年)10月8日の日付と、仏師「巧匠アン阿弥陀仏」(快慶)、結縁者の「南無阿弥陀仏」(俊乗坊重源)ら50余名の名がある。同じ年の11月30日には東大寺総供養が行われており、東大寺の末寺だった文殊院の前身・崇敬寺のこの像も、それに間に合うよう急がれたと見られる。脇侍3体は文殊像よりやや制作が下り、承久2年(1220年)ごろまで造立が続いたらしい。2013年6月19日に国宝指定。
説明文の出どころ:安倍文殊院(Wikipedia・CC BY-SA 4.0)