長谷川 琢士はせがわ たくお
1983年 —
静岡の大工の家に生まれ、幼少より木に触れる。19歳から8年に及ぶ旅で各国を巡ったのち仏門に入り、京仏師の流れを汲む仏師のもとで修行した。曹洞宗の禅僧でもある。寺を持たず、各地で坐禅と仏像彫刻を伝える。2024年、ヨーロッパ杉による総一木造りの観世音菩薩立像をスペインで制作している。
仕事の様子2枚


消えた技法を、現代に引き戻す
長谷川は、11世紀の平安時代に仏像の大量生産化によって姿を消した「木芯を込めた総一木造り」と「鉈彫り」を、現代において重要なものと位置づけて制作している。総一木造りを退けたのは定朝が完成させた寄木造であり、鉈彫りは円空の彫り方でもある。このアーカイブに定朝と円空が並んでいるのは偶然だが、その両端が現代の一人の作り手のところで再び結ばれている。
本人から聞いたこと2026年9月
- 現代の仏師の流れは、大きく江戸仏師と京仏師に分かれる。現代の仏師もほとんどが、どちらかの系譜の中にいる。
- 自身の特徴は、禅僧としての視点と、修行の上での仏像彫刻にあるという。
- 6世紀に日本へ仏像が伝えられて作られはじめ、21世紀に初めて、西洋ヨーロッパで現地の樹木により制作を行った。現在もフランス・スイスなどヨーロッパの主要寺院に作品が納められている。
- 同時代の仏師としては、加藤巍山・宮本我休の名を挙げている。