定朝じょうちょう
生年不詳 — 1057年(天喜5年)
平安時代後期の仏師。寄木造の技法を完成させたとされる。複数の材を組んで一体を作るこの方法は、大きな像を早く、そして分業で作ることを可能にし、以後の日本の仏像の作り方を決めた。子とも弟子ともいわれる覚助、弟子の長勢から、院派・円派・奈良仏師の三つの流れが出た。
寄木造がもたらしたもの
一本の木から彫り出す一木造に対し、寄木造は材を分けて彫り、組み上げる。木の反りや割れに強く、大きな像が作れ、何人もが同時に手を動かせる。運慶・快慶が短い期間に大作を残せたのも、この技法の上にある。